人生のデザイン術

なんで自分は自由じゃないんだろうと思い始めた20代の頃

 

今思うと、あの頃の自分は不自由だった。
でも不自由に気がつかなかった。
なぜかというと、周りの人もみんな不自由だったから。

 

経済的にも時間的にも不自由なのに、我慢したり考えないようにしたり、「お金持ちは悪いことをしてるに違いない!」と思い込んでいたりが、当たり前の環境に生きていたから。

まだインターネットもない時代、ほとんどの人は情報も少なく、同じような環境の人しか付き合うこともなかったから、気持ちは満足していなくても、人と比較して小さな差を見つけて、自分はまだマシだと思って、少し元気を感じたりしていた。

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当時の自分はまだ20代で、グラフィックデザイナーとして、家族経営の小さな小さなデザイン会社で働いていた。

社長も奥さんも優しくて居心地が良かったし、給料は安かったが、仕事の内容に不満はなく毎日出勤するのが楽しかった。

 

仕事が暇な時はデザインの本を読んだり、資料探しにショップを回ったり、「自由」のような感覚を感じることも多かったから、好きでもない仕事をして、嫌々会社に行っている友達の多くに比べたら、給料が少なくても自分の方が幸せだと思っていた。

ただ、「天気がいい風が気持ちいい日に、海に行ってビーチでビールを飲んだりしたいな」「なんでできないのかな」くらいの小さな不満は感じていた。

 

3年も過ぎてくると、毎日同じ時間に会社に行って同じような仕事をすることが、徐々に退屈になり苦痛になり始めていた。

心は窮屈で苦痛を感じ始めていたのに、周りを見ても同じような生活をしている人ばかりで、この生活を変える手段を知っている人は、自分の周りには誰もいないようだった。

 

このまま何十年もこんな感じで生きていくのかと考えたら、不安と不満で心はますます苦しくなっていた。

変化をしたくても、「お金がない」、「時間がない」、「手段がない」、「コネがない」、「情報がない」という何もない状態で、この小さく単調な生活のまま、年だけ取っていくことへの焦りを抱えたまま迷走したいた。

 

 

具体的な解決策を持っていない20代の頃の自分が嵌っていったのは、休みの日のドライブだった。

まだ週休2日が当たり前ではなく、土曜日は午後からが休みになる半ドンというところが多かった時代、土曜日の午後からスタートして1泊のドライブに行くのが楽しみになっていった。

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とにかく毎週どこかに行く。

阿蘇のペンション、大分や熊本の温泉、宮崎の海岸、長崎の夜景、呼子のイカ、広島にお好み焼きを食べに行ったり、福岡から日帰りか1泊で行けるところを探しては、出かけて行った。

 

インターネットもない時代だから、本屋でガイドブックを買って、大きな地図の本も買った。
土曜日の午後から出かけて日曜日の夜には帰る。
日曜日は行楽帰りの人で毎回毎回、大渋滞に巻き込まれていた。

 

1台1台の車には、家族だったり、カップルだったり、友達同士だったりが乗っているのが見えた。
たくさんの人たちが同じようなパターンで休日を過ごしていた。

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帰りの長い長い渋滞はいつも夕日に照らされて、他の車の中の家族も、カップルも、友達同士たちも、みんな同じ大渋滞の中でオレンジ色に染まっていた。

 

「なんで休みの日くらい自分で選べないんだろう」

「みんなこんなパターンの生活で平気なんだろうか」

「なんで自分は自由じゃないんだろう」

 

いろんな事が頭の中でグルグルまわるけど、変化の手段も思いつかないまま、いつもの週末を過ごしながら、この閉塞感を打破したいと願っていた。